かつて事務所として使われていた空間を、人が深く安心して自分と向き合える場所──メンタルクリニックへと再構築する。それは、単なる機能転換ではなく、「空間の意味」を根底から問い直す設計行為でした。
事務所に求められていたのは効率や機能性だったかもしれません。しかし、メンタルクリニックに必要なのは、その正反対にある“やわらかさ”と“おだやかさ”。
このプロジェクトでは、精神的なケアを受ける方々の不安を少しでも和らげ、心が自然と静まっていくような設計を目指しました。
まず、空間全体において重要視したのは光の質です。天井や壁面には間接照明を多く取り入れ、直接的なまぶしさを避けながら、光がやわらかく反射し、空間全体に包まれるような感覚を創出しました。この“滲むような光”は、目に優しく、心にも穏やかに届きます。
照明の配置一つひとつに意図を込め、光と影のコントラストによって空間の輪郭を曖昧にし、閉塞感ではなく“余白”を感じられるよう工夫しました。
加えて、診察室には自然光がやさしく入るように設計。ただ窓を設けるだけでなく、患者様の視線が外へ抜ける位置に開口を取り、外の光や景色が室内に溶け込むような設計を心がけています。
駅前の一角にあっても、時間の流れや天候の変化を感じられることは、思いのほか大きな癒しになります。光と共に“時”を感じること。これはメンタルケアにおける空間のもう一つの役割と考えました。
全体を通じて、装飾性を削ぎ落とし、ディテールや素材の選定にも慎重を期しました。自然素材の持つ穏やかな質感を活かしつつ、過度な演出に頼らない静けさの美学を貫くことで、空間に“静寂”という見えない価値を宿らせました。
このメンタルクリニックは、医療機関でありながらも、単なる治療の場にとどまりません。ここを訪れるすべての人にとって、心を落ち着ける“居場所”でありたい──その想いを空間の細部にまで込めて、私たちはデザインしました。